INTERVIEW

西谷泰治インタビュー~今見えた自分の進む道~

去る9月27日にスイス・メンドリシオで開催された2009年ロード世界選手権。
世界のトップレーサーが集い、アルカンシエルの名誉をかけて戦う年に一度のこの大会に、日本代表選手の1人として愛三レーシングから西谷泰治選手が初参戦しました。日本チームがUCIポイントを着実に積み重ね獲得した世界選手権3人の出場枠。西谷選手は今回、2009年ツールドフランスでの活躍が記憶に新しい別府史之選手、新城幸也選手とともに世界選手権に挑みました。


各メディアで伝えられているとおり、西谷選手の結果は残念ながら途中リタイア。一方、ヨーロッパを拠点に走る2人の選手は世界を舞台に自らの走りをしっかりとアピールし、新城選手は序盤から逃げ、別府選手はトップから5分20秒遅れの57位で完走でした。→シクロワイアードの記事


レースだから結果が全てでしょう。これまで日本チームが世界レベルでの戦いに挑んできた歴史を振り返れば、別府・新城の今年の活躍で「日本人が世界で戦う」ことの希望を感じ始めたファンも多いのだと思います。
そんな2人とともに世界選手権に参戦した西谷選手。
私は今だからこそ、西谷選手に話しを聞きたいと思えました。


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西谷 泰治 Taiji NISHITANI <Aisan Racing Team>


初めての世界の舞台で彼が感じたことはなんだったのか。
世界選手権を終え、オセアニアツアーのヘラルドサンツアー出発を前に、
全日本チャンピオン西谷泰治選手にお話を伺いました。
(聞き手:愛三レーシングチーム広報担当 橋本)

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Q.初めての世界選手権ロード。終えた直後や現在の気持ちを聞かせてください。

これまでトラック競技ではジュニアとエリートで一度ずつ「世界選手権」には出場したことはありますが、ロードでは初めてでした。
まず一番に感じたのは「レベルが全く違う」という事実。
雰囲気も走る選手の様子も気迫も、スタート前から違い全く経験したことのない特別なレースだと感じました。


Q.緊張していた?

自分は普段レースを走る前ってレースを意識しないようにできているので、緊張するということはほとんどないんです。でも今回の世界選手権は前日から緊張していた。学生時代にアジア大会に出たとき以来ですかね。前日から緊張してました。


Q.あまり感じたことのない心境だった?

レースに臨むときっていつも「やるべきことはやったから後は走るだけ」と、普段は自分をコントロールすることができているんです。でも今回の世界選手はレベルが高いのはもちろん走ったことのないレースでしたから、スタート前から放心状態でした。
走っていても緊張は抜けず、身体は強張っている状態。心からリラックスできたと感じられることはなかったので、走っているときに考えていたのは「ヤバイ」ということばかり。
レースが動き人数が絞られていく中、自分の頭は「次の周回で終わってしまうのではないか」ということばかりが占めていてずっと不安が続き、上りひとつとっても緊張しっぱなしだった。全く先が読めなかったから。


Q.今回は3人での出場でしたが

別府選手、新城選手、自分と3人での出場でしたが、特に「こうしよう」とかいう話し合いはなく各々で走っていくという感じでした。というよりも「連携を図る」なんていうレベルではないですね。まさに「自分との戦い」というレースでした。


Q.体調面などではどうでしたか

自分の今年のレースは、シーズン初めにも言っていたとおり
「全日本選手権での日本一」と「ジャパンカップ制覇」が大きな目標。
これを軸に年間を見通していました。
なので言い訳になるとは思いますが、世界選手権は当初から意識していないレースでした。選考されたのも開催1ヶ月を切っていました。
全日本が終わってからの後半戦では、9月のツールド北海道辺りからようやくトレーニングもまともにできるようになってきたような状態で、追い込める回数も減っていた。正直キープするだけで精一杯と言わざるを得なかった。
ですから世界選手権を走る前から「まずい・・・」という気持ちを持っていました。ただ自分なりには出来る限りの準備はしたつもりなので悔いはありませんが、気持ちをうまくもっていくことができず臨んだ感はあります。

そんな感じでしたが今回世界選手権を走ることができて、
現実をしっかりと受け止められたこと、今後をどう考えていくかのきっかけになったことがとても大きな収穫だったと感じています。


Q.今後・・・ですか?

現在愛三レーシングは日本を拠点にアジアツアーを走っていますが、世界選手権にとどまらず、ロードレースの本場がヨーロッパであるという世界レベルで考えれば「フィールドが違う」といわざるを得ない。
これは本当にヨーロッパの空気に触れ走ることを味わないと全く理解できない感覚だと思いました。
たった一回ですが自分はそう感じた。
やはり今回一緒に走ったフミ(別府史之選手)は、こういう環境に身を置いてレースを走り成績を出している時点で次元が違うということを身をもって知った。

今回世界選手権を走ったことで、でれただけで凄いと思うのか、今の自分に足らないものを知り次のチャンスまで力をつけなければと思うのか、それを身体で知ったことが大きいです。


Q.走りで得る「強さ」と同じくらい「ヨーロッパのレースを体感する」ことが重要だと・・・・

本当に上を目指したいと思うならヨーロッパで走ることは第一条件であるし、本場の走りを経験することが必須であり、それは不可欠だということですよね、これはもう散々言われていることではありますが、その言葉を身をもって実感しました。
今参加しているアジアツアーではもう「普通」に走れているのだと思います。(海外アジアのレースを経験するという意味で)。
だからもう一段階上に・・・・。
それはツールに出たいとか具体的な意味ではなく、もうひとつ上にいきたい、そう思えました。


Q.上を目指したい、そう思うのはアスリートとして自然な欲求だと思います。今まで西谷選手はそういう感情を語るよりは具体的な目標について話してくれるイメージでしたが、何か心境に変化があったのでしょうか?

いや、今までも持っていましたよ(笑)。
ヨーロッパで走りたいという気持ちもずっとありますし。
自分は自転車競技を始めてからこれまで、常にその年齢・そのステージに見合った具体的な目標を設定しひとつひとつクリアしてきました。なので、ステップを自分なりに踏んでこれたと思っています。
その中のひとつが「全日本選手権」でした。
自分はこの全日本を勝たなければその先ヨーロッパに行けないと思っていた。だからどうしても獲らなければならなかった。今年チームメイトの支えもあり、年数はかかったけれど勝つことができました。
全日本チャンピオンを獲得して今思うことは「どこまでいけるのかやってみたい」という気持ちなんです。今回の世界選手権は、自分に「出ることが目的じゃない、出てどうだった?」ということへの答えをくれました。

僕はたった一回の世界選手権の刺激で、自分の中に今までもあったものが大きく増殖するのを感じました。走ってきただけにはしたくない、その思いはスイスから帰ってきてからも膨らむばかりです。


Q.「たった一回の世界選手権での刺激」。西谷選手に物凄い影響を与えてくれたことが伝わります。

今練習でもそのほかのことでも、やるべきこと・すべきことがたくさんあるのを感じています。それは、今まで定めてきた目標をクリアした経験と、次の「ヨーロッパで走る」という目標が今の自分を突き動かしているからだと思います。
今28歳という年齢で選手としては後は残り少ないといえるでしょう。
でも今からでもできることがあるんだと思うんです。
プロツアーにいけなくてもいい。自分をより厳しい環境に置いて自分を試し、そこから見えるものを知りたい。もっと吸収できると思う、今からでも。
そういう思いが自分を突き動かしています。

今まで長い年月をかけてきた中で、自分の中にくすぶっていたものが
「たった一回の刺激」で火がついたと感じています。
今までの自分は考えが甘かったのだと思います。自分に言い訳をしてきたような・・・・山を上れない、というのは簡単だけどそれでは通用しない。ひとつでも強みを身に付けたいんです。もっと自分に厳しくありたい。


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Q.今までも十分にストイックで自分に厳しいイメージでしたが・・・・

今まではきっと頭に脳に支配されすぎていたんでしょうね。
でももう僕は身体で感じてしまった。
「まだやれる」と気がつかされてしまったんです。
世界選手権は260キロの厳しいレースでした。限界だもうだめだ・・・と苦しさだけを思ったなら、世界の壁はこんなにも厚いのだと思っただけならば、きっともう挑むことなんてできない、無理だ、と思ったでしょう。
まさに車と同じで勝手に自分を制御していたのかもしれませんね。自分に限界を勝手に作っていたというか。だから今はコンピュータを付け替えたのと同じようなものかもしれません。

今までは身体が泣いていたんです。「怠けるな」と。
でも自分の身体は「できる」と言った。
だからその声を信じてやるしかない、そう思っています。


Q.走りでの強さ、環境、そして強い気持ち。これまでも持っていたものを、また新たな気持ちで「持ち替えた」といえる気がします。シーズンも残り少なくなってきました。今シーズン最後に挑むのが「ジャパンカップ」。最後にジャパンカップへの意気込みをお願いします。

今の自分の状態を踏まえた上で、10月25日に開催される今年のジャパンカップへの気持ちはこれまで以上に高まっています。ジャパンカップには海外のプロツアー選手がやってきます。彼らは決して100パーセントの本気を出しているわけではないんですよね。それは十分に分かっています。
「だからこそ」なんです。
だからこそ、このジャパンカップで「日本人」が勝たないと全く意味のないレースだと僕は思います。
外国人プロ選手を見たい、そう思う日本のファンが集まるのかもしれません。でも「日本人が勝つところを見たい」と思ってくれている人がいる人がいる限り、その姿を見せるべきだと思えます。

ジャパンカップでは毎年、少人数の逃げができ集団をプロツアー選手がコントロール。残り数周回で吸収し最後は外人選手がもっていく、というパターン。なので、最後まで食らいついた日本人選手たちがチームに関係なく、勝利しなければならない。プロツアー選手が「手を抜いている」ジャパンカップで、普通に日本人が勝たなければならないんです、もう。

自分は毎年そういう気持ちで臨んでいます。もちろん自分の勝利を信じてチームメイトとともに挑むし、日本人として結果を残したいのでそういう動きもしてきました。
わざわざこの日本で力勝負をさせてくれる機会なんですから、どういう形であれ必ず勝ちたいです。

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Taiji6_3西谷 泰治 Taiji NISHITANI 
1981 年2 月1 日生/広島県出身 
166cm / 61kg / A 型
2009年全日本ロードチャンピオン

〔主な戦歴〕
2006年 ツールド北海道個人総合優勝
2007年 ツアーオブサウスチャイナシーステージ1位/ジャパンカップ 7位
2008年 ツアーオブイーストジャワステージ1位/ツアーオブジャパン 1st 2位・6st 3位・総合スプリント賞1位/ツールド北海道6st1位/ジャパンカップ 10位
2009年 全日本選手権優勝、ツールドシンカラ3st 1位/ジュラジャマレーシア6st 1位


チームのエース。国内・国外におけるUCIアジアツアーではコンスタントにその力を発揮し、日本を代表するロードレーサーの一人として近年特に注目を集めている。またトラックレースも得意とし、過去にはUCIトラックワールドカップ3位やアジア大会銀メダルなど成績も残している。オールラウンドな走りとともにゴール前のスプリント力にも定評があり力で勝利をもぎとるその走りは多くの観客を魅了する。

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